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『Re.Hatch創業ストーリー』ビジネスに生きがいを見つけた挫折を乗り越えた人間たち

それぞれが抱えた「挫折」や「後悔」が事業になるまで

ちょっとでも、「あ、似てるな」「俺もこんな感じかも」「興味あるな」「この人に会ってみたいな」と思ったら気軽にご連絡いただければと思います。ちょっと長くなりますが最後まで見てもらえたら嬉しいです。

代表:迫田亮太

僕はずっと野球をやってきました。プロ野球選手に本気でなりたくて。

キャプテンをやっていた時に甲子園にも行きました。でも、僕よりもずっと上手い選手を見たり、スカウトの方から「センスはあるけど身長がねー」と言われたり。諦めるというか、野球以外のこともやった方がいいんじゃないかな・・と

だんだんと不安に思うようになりました。そして、全体的な能力が足りないと判断して、プロ野球選手になることは諦めました。これが、挫折。でも一番後悔してるのは、周りにもっと凄い人がいたとか、スカウトの人の言葉とか、外的要因のせいにして決めてしまったこと。今になって「こうやってたら上手くやれただろうな」と意思決定を振り返ることがよくあります。

いろんな可能性を検討して、ちゃんと選んだら良かったな、と。大学もスポーツ推薦で行くことを検討していたんですが、志望校からのスカウトはありませんでした。なので、勉強で行ってやろう!と思って浪人を決意しました。でもその浪人の期間で、野球と離れてしまったことで中途半端に終わってしまいました。僕にとってプロ野球選手・甲子園を目指した高校野球って、最大の熱量がある空間で。そういう、死に物狂いで本気でやってる世界とか、マジでガチで夢を目指してる空間に身を置いて、切磋琢磨したい。それを、野球以外で。そう考えるようになりました。

仕事(ビジネス)を本気でやっている人たちもん熱量がとても高いのではないか?

大学入学後も、「結局俺は、野球以外で何を目指すんだっけ?」ってことを一番考えました。体格を理由にして夢を諦めた自分のように、苦しんでる人を助けたいと考え、スポーツジムの経営をやりたいな、と思ったんです。それをビジネスにできたら。ビジネスって、覚悟を持って人生をかけて取り組むことだと思うんですけど、これって、野球と同様に熱量の高い空間なんじゃない?って思いました。

今までスポーツをやってきて、キャプテンという立場を任せてもらうことが多くて。「勝つチームを作ること」が好きなんだと気付きました。だから、ビジネスでも「勝つチームをつくること」をしようと思いました。もともと、何か情報を集めて、そこから着想を得て、様々な可能性を模索する、ということが好きだったからだと思います。

野球をやっていたのでスポーツジムの経営にも興味を持ちましたが、情報収集している間に、スポーツジムって初期投資が高いし、ちゃんと経営をわかっていないと破綻するんじゃないか?とか、ビジネスモデルを考えたりする経営にどっぷり興味が移ってしまって、経営を実践的に科学している会社に行こう、と経営コンサルの会社に進むことになります。そこから、日本でも数少ない世界を変える可能性のあるIT企業で次は最高の挑戦がしたいと思い、自分たちでも最高の景色が見たいから事業を起こそう。そう決意して、山崎と神原に声をかけました。

CCO:山崎源

野球じゃなくても価値を発揮できる場所を見つけて

僕もずっと野球をやってきて。高校も大学も、野球推薦で入学しました。ずっと野球しかやってこなくて。漠然と、社会人になっても、社会人チームに入って、仕事しながら野球やるんだろうなーって。そう思ってたんですけど、大学1年生の10月頃に、肩を怪我したんです。医者から、ベストプレーをするのは難しいと言われて。ずっと続けてきた野球を、辞めました。

正直言うと、高校野球が僕にとってピークで、大学では熱量高く取り組めていたわけではなかったので、野球を辞めるかどうかというタイミングで、課外活動に参加したりしてました。迫田とは大学も学部も学科もコースも一緒だったんです。何かに打ち込んでるのが迫田を近くで見て、「同じように野球をやってきたのに、今の過ごし方が全然違う。なんでだろう?」と興味を持つようになって、一緒に活動することが増えました。

迫田がやってる学生団体の手伝いをしたり、主催する側になったり。野球じゃなくても価値発揮できるところを見つけて、野球をやめて沈んでいた心も回復していきましたね。

父親が倒れたことがきっかけで経営をやりたいと思うようになった

次第に、活動を通して、僕の中にたくさんの新しい価値観が生まれていきました。僕は野球しかやってこなかったので、体育会系のコミュニティしか知らなかったんですが、それ以外のコミュニティでも、部活と同じくらいの熱量で一生懸命やってる奴がいる、ということを知りました。こういう、部活じゃないことを部活みたいに熱中してやっているって、凄いなって。それがだんだん経営をやりたい、という気持ちになっていったのは、父親が倒れて意識不明になったことがきっかけです。

父親は工場長をしていたんですが、父親が不在の間、僕が工場長の代理をすることになったんです。

はからずも、経営をすることになったんです。野球以外に向き合わざるを得ない瞬間でした。そこで、自分でやるということを経験して、ビジネスに対する興味を持ちました。野球以外に熱中できるものもあるんだよ、ということを教えてくれた迫田となら、事業も成功させることができる!と思って、前職のサイバーエージェントを退職し、ジョインすることを決意しました。

広告統括:神原

人の気持ちが分からない、組織のまとめ方が分からない。もちろん、試合にも勝てなくて。

僕にとって、挫折って、目的を持って取り組んでいたことが途中で折れることかなと思ってるんですが、高校生の時、野球部で成果を残せなかったことかなと思います。僕はもともと、柔軟性がないというか、悪く言えば頑固で。一貫性を大事にするタイプでした。心が折れちゃう人を見ると、何でやらないの?と思ってしまうような。それを、野球部のキャプテンとして、チームメイトにもしてしまっていたんです。

人の気持ちが分からない、組織のまとめ方が分からない。もちろん、試合にも勝てなくて。

そんな時、母親から「全員があんたみたいなメンタルやモチベーションじゃないよ。人は何かとか、人が何故そうしたのか、何を考えていたのか?とかをちゃんと考えた方がいいよ。そうじゃないと、勝てないよ」と言われたことがきっかけで人との向き合い方を変えるようになりました。

すると、だんだんとチームメイトのことも分かるようになってきて、試合にも勝てるようになりました。

勉強での挫折。友人からの「それ本気でやってるの?」

やってきたことは間違ってなかったんだなと思えました。部活を引退して、進学を決めたのですが、部活しかやってこなかったので・・結局志望校には届かず、浪人することになりました。これが勉強での挫折です。最初は大学行けたらいいやーくらいに思ってたのですが、「それ本気でやってるの?」を友人に言われたことをきっかけに、絶対に受かってやる!と思って、予備校の学費も自分で稼いで払いました。それによって、自分で時間を買ってる、という意識が芽生え、時間を有効に使おうと思うようになったと思います。次に、社会人になってから大きな挫折を経験しました。

自分に自信を持ってるタイプだったんですけど、全然通用しなくて。今の社長になっている方が当時の上司で、とても期待をかけてくれていました。僕のやりたいことに応じたミッションを持たせてくれて。でも、本当に全然できなかったんです。自己嫌悪から精神病になって、精神科で睡眠薬をもらって・・

本当に苦しかったです。でも上司が向き合ってくれて、「細かいことでも、鬱陶しくても、がむしゃらに、最後まで全部やりきれ」と言われました。

神は細部に宿る、じゃないですけど、本当に細かいことでもやりきるようにしたんです。そうしたら、全社表彰されるくらいの結果を残すことができるようになりました。思い返すと、僕は周りの人の言葉で自分の行動が変わることが多いのですが、一人じゃ生きていけないと感じているので、周りに還元していきたいんです。周りのためというより、僕が、周りに還元するということをやりたくて。特に親の影響は大きいです。自営業をやってる親なので、誰かにお金を貰うのではなく、自分たちでお金を作ってきた、と思うと、人生の先輩として尊敬しています。

意思決定(マーケティング)を科学することによって日本全体へのインパクトも大きくなる

親がビジネスをしているのを小さい頃から近くで見ていて、自然と、自分で事業を作る・経営するということに興味を持つようになりました。経営の中の要素として、マーケティングって特に重要だと思っていて。売り上げに直結するし、どの会社もここに困ってるんですよね。経営の中での優先度が高いんですよ。

人って、どんな背景や理由で、どんな意思決定をするのか。ここが科学されたら、マーケティングをもっと武器にできて、日本全体へのインパクトも大きいと思うんです。

そういうふうに、意思決定を科学することで、マーケティングをやりたいと思うようになって。

迫田たちと一緒にやろうと決めました。

それぞれが力をつけて再集結

代表の迫田は、船井総合研究所で、経営の原理原則や全体像を学び、ユーザベースで事業立ち上げに関わり、人間力も磨きました。

山崎は、サイバーエージェントで外資系アパレルブランドやベンチャー企業のマーケター等の豊富な実績を残し、マーケティングのプロ人材となりました。

神原は、ベンチャー企業の人事として、人の意思決定を起こす仕組みづくりにとことん向き合ってきました。

それぞれ強みや弱みはあるものの、いい部分を活かし、悪い部分は補強しあえるバランスを築きながらビジネスの甲子園と、ビジョンの実現に向けて切磋琢磨しています。現在は、副業や業務委託といった形でのメンバーも増え、サービスもチームも強くなってきています。